鳩の!

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わたしは所詮1なので、あれこれ言ってはいけない立場でしょう?

おはよー!!!

冬一直線な感じに軽い病(心の方も体の方もね)も手伝い毎日不安定に過ごしています。

こきたんの件で連絡をくれたお友達たちにも全くお返事していない…。
そこが前のわたしと違うところだと思ってるんだけど、早く良くならないかなー。

と言うわけで、
なんでか分からないけど、今回のことはわたしはなんとも思ってないです。
むしろ、ファンもご本人達も、目の細かいふるいにかけられて、
やっとかつんでやりたい人だけが残って、かつん活動出来るって感じに捉えてるんだけど、
捉え方の違う人は、こんなテキストにもイライラするんだろうなー(汗)
そしてわたしは「6でも5でも4でもいいよ、所詮わたしは1だから」が基本なので、
のこのこ自分の考えを述べられるような存在ではないとは思ってます。
そうは思いつつも、雄一さん同様こきたんがかつんになる前から知ってる身としては、
色々と沸き上がるものがあるのも確かで…。




ただ、かつんが結成された時の自分を思い出してみると、
進み方によってはこんな日が来ることもあったのかななんて思ったりもしています。

かつん結成の一報が当時のファミクラ(@恵比寿)に張り出された時は、
雄一さんは「出世」なイメージだったけど(ごめんなさいw)、
こきたんは既に人気もあって個人仕事もこなしていたので、
わたしの中では大きな「降格」だったもんなー(にがわら)
こーきが今さらユニット?みたいな。
逆にユニットで何か出来るの?まで思っていたような…。

ご本人も最初はかつんが嫌いだったと言ってたように、
まだ子供で思春期で、
こきたんがかつんで頑張ろうと思うには相当の努力が必要だったように思います。

どこでどう考えが変わってジャニーズ事務所以外でやりたい事が見つかったのか分からないけど、
う~ん…、
最初に不器用に辞めていった人がいて、
次に器用に事務所ごと辞めていった人がいるって感じなのかなあ。

皆さんそれぞれ自分が応援していた人や時期で色々思うところがあると思うけど、
6は6で6の良さがあったし、5には5の良さがあったよね。

6で鳥肌が立ったのは、
2004年のKAT-TUN Live 海賊帆、名古屋の初日。
初日だからバタバタしてたし、今までのコンサートとは違って、
大人の力だったり、大きな力がかかってるのは分かったけど、
ついにここまで来たかと思った記憶があります。

5であったか~い気持ちになって鳥肌通り越えて感情が高ぶったのは、
2010年のKAT-TUN WORLD TOUR 2010 NO MORE PAIИ、台湾最終日。
♪Goingでムビに乗った5のかつんがド正面から迫ってきた時は何とも言えない気持ちだったなー。

4のかつんも今から凄く楽しみです!!!
ただ、1がいてが前提の話なので、1がいなかったらそう思えるのかは分かりません。
そのためにも、これからも雄一さんには、特別なことはすることないので、今まで通りに頑張って欲しいです。

それにしてもこきたんは、こんな強行突破的なやり方しかなかったのかな?
どっちにしても、もうかつんで頑張れないことが分かった今、お互いのために良い選択だったとは思ってます。
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